超コツコツ日記

このブログは志茂田さんがたまに思いついた事を不定期にコツコツ更新するものです。 知らせていただけたら相互リンクもしますんで。
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2012年12月30日23:35

時には母のない子のように

こんな年の瀬に、下世話な話でもつらつらと書いてみようかと思っております。皆様。お久しぶりでございます。恒例の今年の重大ニュースは、どうやら来年早々まで延期になるようです。と言う感じでね。取りあえず、先日、本屋さんに行ったとき衝撃が走った。「無限の住人」堂々完結・・・。オレがまだ中学1年の頃の話。当時、ほんとに数少ない(ほぼ唯一と言ってもいいくらい)の友人、エコーズのスタンドを持つ広瀬くんに「(当時...
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時には母のない子のように
2012年12月30日23:35      cat  :  気分
こんな年の瀬に、下世話な話でもつらつらと書いてみようかと思っております。

皆様。お久しぶりでございます。

恒例の今年の重大ニュースは、どうやら来年早々まで延期になるようです。

と言う感じでね。

取りあえず、先日、本屋さんに行ったとき衝撃が走った。

「無限の住人」堂々完結・・・。

オレがまだ中学1年の頃の話。当時、ほんとに数少ない(ほぼ唯一と言ってもいいくらい)の友人、エコーズのスタンドを持つ広瀬くんに「(当時、「寄生獣」に激ハマりしていたので)アフタヌーンでお前が一番今やばいヤツはなんだ?」と聞いたとき、あいつが言った「それは圧倒的に無限の住人やな」と言う返答が全ての始まりだった・・・と思う。オレは、その広瀬くんと「寄生獣」の良さを語り合いたかったのに、まさかの「無限の住人」と言う返答に、その日の学校帰り、隣の市の古本屋(当時、オレの居た街には古本屋がなかった)まで行き、当時出ていた「無限の住人」の5巻まですべてをなけなしの小遣いで買った。

そして、家に帰って読んだ時のあの衝撃。

「寄生獣」に中二心をくすぐられていた当時のオレにとって、ひどく難解だった。会話の流れや絵についていけなかった。でも、読み込めば読み込むほど、その面白さに取り付かれていった。

あれから15年。

ついに完結してしまったらしい。

単行本で一気に読んでしまいたいので、最終話は読んでいないけれども、記念碑的に、そのアフタヌーンを買って帰ってきた。

長かったひとつの青春が終わりを迎えようとしている。

「無限の住人」の感想と思い出については、実際に、最終巻を読み終わってから書く事にしよう。

さてさて。

と言う事で、今日は、もう一つ。こちらもある意味長々と続いていた「ハンターハンター」の「蟻編」についての感想でもツラツラ書いていこうか。

そうなんだよ。32巻で、やっと本当の意味で「蟻編」が終わったんだよ。すべてを読みきった上で思ったことを少々。

取りあえず、長かったなぁ~。アホみたいな休載期間を無視したとしても、14巻分もあるんだから、普通にアホみたいに長ったらしい話だったと思う。

10年もの年月をかけて、ひとまず終わったことについては、安堵した感じ。でも、物語はまだまだ続いているという・・・前述の広瀬くんとは、「レベルEの作者の新連載」ってことで盛り上がってたんだから(あくまで、レベルE)付き合いは「無限の住人」と同等。こっちはまだ長い付き合いになりそうだ・・・

なので、今日のところはあくまでも「蟻編」だけに絞って、思ったことをツラツラ。

ネタバレを含むので、いつものように、「続き(>>read more)」以下に。(スマホとかガラケーから見てる奴のことは考えておりませぬ。)

この物語。これまでの冨樫作品と明確に違う点があったように思う。

それは、一つの大きなテーマに基づいて物語が展開していたという点。幽遊白書の中で「人間愛を建前にした殺戮がテーマだとか」みたいに、宮崎駿を痛烈に批判していた冨樫義博らしいといえば、そうなのかも知れない。

この「蟻編」を通しての普遍的なテーマは、宮崎駿作品の真逆を行く「殺戮を建前にした人間愛」だったように思う。

少なくとも、オレにはそう感じ取れた。

それは、冨樫氏本人が子ども持ち、その子どもへの愛情が知らず知らずの間に作品の中に投影されてしまったのかも知れない。でも、オレは、この漫画家さんを史上稀に見る大天才だと信じて疑わないので、計算した上でこの物語を書いたものだと言う事にする。

例えば、コムギとの軍儀での「ココリコ」(漢字忘れた)のやり取りを、そのまんま「ネテロ達」との戦いでなぞっていく物語の展開などは、全て最初から計算でもしていかなければ到底かけるものじゃあない。違うか?オレの妄想か?

まぁ、いいや。続けます。

この物語の主人公は「王」。それは間違いない。

母親の命と引き換えに生まれた瞬間から、とてつもない宿命を背負い、それに見合う才能と能力まで持つことで、誰とも相いれることが出来なかった孤独な「王」。

「王」は自分の宿命と運命に翻弄されながらも、本能の赴くままに殺戮を繰り返しながら強くなっていく。

その中で、どうしても勝つことのできないひとりの少女に出逢う。(肉体的には勝てても、軍儀というひとつのゲームでの話ね。)

コムギとの出会いを経て、それからの戦いの中で、命というものについて考え、少しずつ人間と相いれるようになっていく。

戦いのあとには、その母親によって作られた、「王」自身を守る役目を持つ護衛軍を食べることで、全てを理解し、そして、最後には、その勝つことのできなかった少女と静かに死ぬことを選ぶ王。

おそらくは、護衛軍の3人は、母親の愛の象徴として書かれており、後半、自分たちも(ピトーはちょっと違うけれども)その母親の愛に近いものを自分たちが「王」にたいして持っていたことに気がつく。

また、「王」も同じく、その母親の愛に気付かされ、さらに、(光という意味の)「メルエム」と言う名前を母親がくれた事を知る。

おそらくは、コムギは母親の象徴として書かれていたのだろう。母親として書かれたコムギは、全てを理解した上で「王」が最後に、二人をつないだきっかけである軍儀を二人でやることを選んだという事実、そして軍議をしている事実を最高の幸せと語り涙を流す。

「王」は最後、コムギの手の中で死ぬ。死に顔は描かれなかった(ように記憶しているけれども)けど、おそらくは安らかに眠っているたのだろう。それを、コムギの表情から読み取らせる演出もさすがにうまいと思う。最後の言葉「おやすみなさい・・・メルエム」が示す通り、もしかしたら、コムギ自身も「王」に対して、母性的な何かを感じ取っていたのかもしれない。

「蟻編」の本当の最後の一話では、死んだコムギの手が干からびたメルエムの手と重なり合っていた。その横には、軍議の時の「師」と「忍」(おそらく、「王」と「コムギ」の暗示だと思う)が寄り添うように落ちている。

このシーンをもって、完全に「蟻編」は終わった。

「蟻編」において、パワーインフレと、「王」の死因が「薔薇」だっとと言う点が非難されるけれども、重要なところはそんな所じゃあない。

生物として生きる全てのもが普遍的に持つ母親の子どもに対する絶対的「無償の愛」を理解した「王」達が、人間の作り上げた化学兵器の上で、もろくも死に絶えたと言う無慈悲さをそこに見るべきなのだと思う。もちろん、その無慈悲さは、対象が強ければ強いほどに強調されていく。

そのためだけのパワーインフレだったのであり、そう考えた場合、その無慈悲な兵器によって、護衛軍も「王」も死に絶えたと言う、この展開は、最高の流れだったように思う。

もちろん、その「無償の愛」が「薔薇」によって誕生したという、皮肉さも冨樫義博の作品らしいなとしか思えないわけで・・・

問題があったとすれば、この漫画を掲載していたのが少年誌だったということだと思う。

少年誌である以上は、それまでのGI編やヨークシン編のような、ちょっと外した王道の展開を求められてしかるべきだったし、テーマを描ききるために、物語の設定としての「念」が軽視された印象は確かに拭えない。

でも、そんな事は関係なく、忠実に人間愛をすべての登場人物の心理状態まで細かく書き上ることができた稀有な作品であることは間違いない。こんなマンガ読んだことない。

この冨樫氏が込めたテーマが、多くの人に伝わり続ければ、きっとその時、パワーインフレや「念」などと言われず、実は名作だったと言われるようになると信じたい。

オレ自身も、昔の感覚のまま生きていれば、きっと感じることなんてできなかったと思う。

今、この現状において、この「蟻編」を読み終えて初めて、そのことに気がついた。

そして、もっといろんな人が気がつけばいいのにと言う思いをこめて、長々と書き綴ったりする。

そんな感じで、今後の展開にも期待しております。

ただ、これ以上のテーマなどないわけで、これから、さらに大きなテーマに手を出すのか、それとも、元の少年誌のノリに戻るのか・・・どちらなのかは、わかんないけれども・・・


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つぶやきの一言

志茂田 聾二

Author:志茂田 聾二
偶然と必然に彩られたまま
気がつけば
こんな瞬間を過ごしておりました

長い一日が過ぎ
短い一年を過ごし

新しい命とともに
ただ
目の前にある情景を
少しずつ刻み込む毎日に
もうそれで
何も足りないものなど
ありはしなくなりました

カピ次郎君とカピニュウム3世
黒うにん
ドン・キホーテ
集まったはぐれ”うにん”
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