超コツコツ日記

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2012年10月08日23:02

でもホントは馬鹿なんだろう?

「無知の知」という言葉がある。それを過大解釈してみると「中途半端に物事を知ってしまえば、まったく何も知らなかった時のような発想は出来なくなる」とはならないんだろうか?もともとは、韓国人が、あの狂気とも思える反日教育という名の洗脳を全く受けていなかったら、今、国がやっていることの違和感を少しは、感じ取る事が出来たんじゃないのか?とか、そんな事を思ってたことが発端だったと思う。冷静に考えて、「侵略され...
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でもホントは馬鹿なんだろう?
2012年10月08日23:02      cat  :  気分
「無知の知」という言葉がある。

それを過大解釈してみると「中途半端に物事を知ってしまえば、まったく何も知らなかった時のような発想は出来なくなる」とはならないんだろうか?

もともとは、韓国人が、あの狂気とも思える反日教育という名の洗脳を全く受けていなかったら、今、国がやっていることの違和感を少しは、感じ取る事が出来たんじゃないのか?とか、そんな事を思ってたことが発端だったと思う。

冷静に考えて、「侵略された側」が「あそこは元々オレ達の土地だったんだ」とわめき散らす訳ではなく、「侵略した側」が「ここは元々オレ達の土地だ」って喚き散らすって、おかしいと思わないんだろうか?

あれだけ、自信があるのに、「じゃあ、第3者に判断してもらおう」と言うと、拒否するって、おかしいと思わないんだろうか?

それが、民族として生ゴミなのではなく、洗脳教育の結果そうなったものなら、まだ救いはあるじゃあないか。と。

関係ない話になったな。キムチの事はほっといて、話を戻す。

何も知らないと言う事は、時には、熟知していると言う事を凌駕するように信じている。

全て、初めは何もなかった訳で、初めてそれを始めた人は、何もない状態からそれを作り出した。つまり「無知」によって「知」を作り出した。

そして、その「知」を学んだ人が、「無知」の奴より上になる。と言う、そんな話があってはいけないと言う話。

むしろ、「知」が邪魔して、一番初めの人のように、何かから「知」を作り出すことは出来ないじゃないかと。

世の中には、あらゆる教科書が出ている。殊に日本人は「マニュアル」と言うものを重要視したがる。

この「マニュアル」ってのが、「知」であり、それにばかり固執してる奴は、到底、「無知」が作り出す凄い「知」にたどり着くことは出来ないと思う。

教科書で、ギターの弾き方を学んだヤツと、ギターが好きで好きで毎日弾いてたら色んな事が出来るようになったやつでは、勝負にならない。

本で絵の描き方を学んだヤツと絵を描くのが好きで好きで、毎日書いてたら、どんな構図やパースも自由に書けるようになったやつでは。勝負にならない。

学校で、文章の書き方を学んだりした奴と、文章を読むのも書くのも大好きで、毎日書いてたら、凄い流麗な文章を書けるようになってたヤツでは勝負にならない。

きっと、「知」を手に入れると言う行為は、時間を圧縮する行為なんだと思う。

でも、その行為の果てにあるのは「ある程度の上達」であり、本当の「上達」は、「知」を得たことではなく、「得なかったからこそ時間をかけてたどり着いた場所」にあるのだろう。

そう信じて、これまで、マニュアル的なものに手を出さずに、すべて独学で行ってまいりました。

・・・誰か、そろそろ肯定してくれないものなんだろうかねぇ~。

と言う、他愛もない話だよ。莫迦野郎!




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つぶやきの一言

志茂田 聾二

Author:志茂田 聾二
偶然と必然に彩られたまま
気がつけば
こんな瞬間を過ごしておりました

長い一日が過ぎ
短い一年を過ごし

新しい命とともに
ただ
目の前にある情景を
少しずつ刻み込む毎日に
もうそれで
何も足りないものなど
ありはしなくなりました

カピ次郎君とカピニュウム3世
黒うにん
ドン・キホーテ
集まったはぐれ”うにん”
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