超コツコツ日記

このブログは志茂田さんがたまに思いついた事を不定期にコツコツ更新するものです。 知らせていただけたら相互リンクもしますんで。
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2010年04月26日20:55

アイデンティティ興行圏

ふと考える事をひとつ。すべからく全ての生き物は、一体何の目的のために生きているのか・・・例えば、「子孫を残すためだ」と人はよく言うのだけれども、では、なぜ子孫を残さなければいけないのか考え始めると、そこにはキッと答えがなくなると思う。それは、誰かの意思かもしれない。本能であると言う人も居るけれども、なぜ本能があるのか・・・それは、誰かの意思かもしれない。一体誰の意思なのか?何のために生きているのか...
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アイデンティティ興行圏
2010年04月26日20:55      cat  :  気分
ふと考える事をひとつ。

すべからく全ての生き物は、一体何の目的のために生きているのか・・・

例えば、「子孫を残すためだ」と人はよく言うのだけれども、では、なぜ子孫を残さなければいけないのか考え始めると、そこにはキッと答えがなくなると思う。それは、誰かの意思かもしれない。本能であると言う人も居るけれども、なぜ本能があるのか・・・それは、誰かの意思かもしれない。

一体誰の意思なのか?

何のために生きているのかを考えていくと、そこには、袋小路が待っている。答えなんかありはしない。

目の前で、虫が鳥に食べられている。

この虫は、キッと、撮りの血肉となり、鳥がより反映するための礎のなるために生きてきたのだろう。でも、その鳥は、もしかしたら、また別の何か獣の血肉となるために存在しているのかもしれない。

この世に生きるほとんどの生物には、「死ぬ事」を理解できる生物は居ないと言われているらしい。

それはキッと、生きる意味を考える生物。死ぬ事を考える生物は、キッと生きる事に疑問を持ってしまうからなのだろう。誰かの意思に気が付いて、そしていつか、その誰かを突き止めてしまうからなのだろう。

でも、人間は、その事を考えるようになってしまった。

そして、その誰かの事を「神」と呼ぶようになっているらしい。

生きる事に目的がないから、宗教が出来るのだと思った。

そんな事を考えながら、今日もまた眠りに付くんだろう・・・

振り向いてはいけない。


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つぶやきの一言

志茂田 聾二

Author:志茂田 聾二
偶然と必然に彩られたまま
気がつけば
こんな瞬間を過ごしておりました

長い一日が過ぎ
短い一年を過ごし

新しい命とともに
ただ
目の前にある情景を
少しずつ刻み込む毎日に
もうそれで
何も足りないものなど
ありはしなくなりました

カピ次郎君とカピニュウム3世
黒うにん
ドン・キホーテ
集まったはぐれ”うにん”
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