超コツコツ日記

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2009年06月26日02:04

追悼の時間

マイケル・ジャクソンが急死って・・・何か今、どうなってんだろう?「忌野清志郎」から始まった死の連鎖に歯止めが聞かなくなってる感じがする。追悼の意味も込めて、物語でも書けそうな気がしてきた。コレがホントの世界滅亡の序曲になる・・・的な話。にしても、マイケル・ジャクソン・・・今日ニュースになって、今日のゴールデンで特番をやってたな・・・三沢の時とは大違い・・・さすがは、「ポップスの帝王」だ。人気の差を...
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追悼の時間
2009年06月26日02:04      cat  :  気分
マイケル・ジャクソンが急死って・・・

何か今、どうなってんだろう?

「忌野清志郎」から始まった死の連鎖に歯止めが聞かなくなってる感じがする。追悼の意味も込めて、物語でも書けそうな気がしてきた。コレがホントの世界滅亡の序曲になる・・・的な話。

にしても、マイケル・ジャクソン・・・今日ニュースになって、今日のゴールデンで特番をやってたな・・・三沢の時とは大違い・・・さすがは、「ポップスの帝王」だ。人気の差を見せ付けられた気がしてプロレスファンとしては悲しい。とは言え、三沢に対する日テレの対応には十分に誠意があるように感じたのも事実。ありがとう。日テレ。

そんな感じで、今日は三沢の思い出をツラツラと・・・(かなり割愛したけれども、それでも結構な長文になってしまった・・・)

何と言うか、オレは未だに死んだと言う事が信じられていない。大槻ケンヂも(そう言えば、今日の「未来創造堂」に出てたな。)言うように、プロレスラーの引退は信用してはいけない。それは、次に繋がるアングルである可能性が高いから。

引退⇒強いヒールレスラー登場⇒正規軍がヒールに全滅⇒満を持して復帰⇒ヒールレスラーを激戦の末に倒す

と言う、プロレス界における王道のアングル。

コレを、三沢自身がやってくれるんじゃあないかと・・・今後、ノアと親日の対抗戦でもあって、ノア勢が負け越して壊滅の危機に陥った時に、会場に「スパルタンX」が鳴り響くんじゃないかと・・・今でもそう思ってる。テレビ放映はして無いものだから、コンビニで週プロを見かけた時に、表紙に「三沢奇跡の復活!!」の文字が躍っていて「なんだよ!!やっぱリアングルかよ。あんなに悲しんだのに!!」とニヤニヤしながらその週プロを手にする。そんな光景がいずれ来るんじゃないかと・・・今でも思ってる。

キッと、そんな日が来る。

オレがそもそもプロレスを好きになったのは、昔、プロレス好きだったじいちゃんに「ジャイアント馬場」の試合をしこたま見せられた事が原因かもしれない・・・

けれども、もっとしっかり覚えているのは高校生の頃。深夜にやってた「全日本プロレス中継」だったように記憶している。そこで、何てカッコいい人が居るんだ、と興奮したのが、一番初めだったと思う。それが三沢だった。相手の選手が誰だったのかはっきり覚えていないけれども、(青いタイツだったような気がするので、秋山準かモスマンか?)とにかく衝撃だった。

とは言っても、その頃はたまにテレビをつけてやってたら見る位。毎週欠かさずとかは見てなかった。

ある日気が付いたら、なぜか「プロレス中継」はしてなくて、掛布が出てきてた。「野球番組に変わったのか?」と思ってたら、それが「コロッセオ」。そこで、今サル虐待問題で激熱のドラゴンゲートの全身「闘竜門」とか「大日本プロレス」の試合を見て熱くなってたりもした。同時に、「アテナ」で女子プロ(「ラスカチョ」とか「前田久美子」、「伊藤薫」が好きだったなぁ~あと「豊田真奈美」も・・・)を見たり、「ライブワイヤー」でWWEの試合も良く見てた。

その「コロッセオ」があっと言う間に終わって、次に始まったのが今年の3月に放映が終了した「ノア中継」だったわけだ。その頃は、プロレス界の動きまでは把握してなかったんで、三沢が新団体を作ったと聞いた時「え!!三沢が全日本を辞めたの!!?」と言うビックリの方がでかかった。とは言え、そのメンツを見たら川田こそ居ないものの、全日のレスラーの殆どがそこに並んでいた訳で、そうなったら、見なくてはいけない。

立ち上げから見られると言う意味で、むしろココからオレのプロレス好きは本格的に始まった・・・んだと思う。

最初期ではずせないものと言えば、「グローバルオナードクラウン」、通称「GHC」と呼ばれるベルトがノアで初めて制定された時のトーナメント。その決勝戦での三沢 対 高山戦。今思い出しても、胸が熱くなる。あの激闘はホントやばかった。夜中、2階で家族の寝ているのに下の居間で1人「タイガードライバー!!!!」とか「ジャンピングニー!!!!」とか「エメラルドフロージョーーーーン!!!!!」とか絶叫していた。

次に熱くなったのはGHCの対 秋山戦。奇跡的に(クラスに友達など1人も居なかったけど、ソイツがプロレスの話をしてたから、勇気を出して話しかけたんだ。確か・・・)学校のクラスでプロレス好きを発見して、ソイツ良く話をしてたのもこの頃。2人して、「秋山の三沢超えはどうか」について良く討論していた。「小橋なら分かるけど、まだ秋山に三沢越えは早い。」とか「ジャンボ鶴田超えした時の三沢はもっと強かった。」とか・・・結局は、秋山の三沢越えになるんだけれども、その次の日「まだ三沢には負けて欲しくなかったなぁ~」と話したのを良く覚えている。まぁ、その秋山は小川に嘘みたいなショボイ負け方をするんだけれども・・・

そうやって、タラタラと応援し続けた中で(途中、蝶野との対戦もあったけれども、あれはオレの中では未決着の不完全燃焼となってる・・・)最も熱くなったのは、何と言っても、ノア東京ドーム大会。

王道プロレスが大好きで、オープンフィンガーグローなどを使う親日のストロングスタイルは嫌いだったけれども、それでも、カッコいいなぁ~と思ってたのが武藤敬司。その武藤と三沢の2大巨頭が、奇跡の接触をすると言うこの話は、馬鹿みたいに盛り上がった。当時大学生で、ドームになど行けるはずもないオレは、テレビでの観戦だった。にしたって、あの時の興奮は凄かったなぁ~。掛布の解説と、所々に入る気象情報(放映当日、香川県は凄い暴風雨だったんで)はムカついたけれども、それでも、あの試合はやばかった。武藤がエメラルドフロージョンをして、それに対して三沢がシャイニングウィザードを放つと言うこの光景。今考えても鳥肌が立つ。もちろん、この時の小橋 対 秋山戦もやばかったけど・・・夢の続き・・・見たかったな・・・

で、翌年。川田との奇跡の対戦。去年ほどの興奮は無かったものの、あの川田との対戦が実現するとは・・・凄い興奮したのを覚えてる・・・ただ、この頃から少しずつ三沢の動きの衰えが見えはじめたのか、何だか不完全燃焼だったような記憶がある。それよりは、小橋 対 佐々木健介戦の方がやばかったような・・・あのチョップの応酬は凄かった。

少しずつ・・・少しずつ・・・三沢の動きに以前のような切れがなくなっていった。若手と呼ばれる選手には魅力的な選手が居なかった事も相まって、次第にノアから離れていった。丁度この頃、新日本は、かつてのストロングスタイルが見直されて、どちらかといえば王道プロレスに流れていたし、何より棚橋が台頭し始めた頃だったから、何となく気持ちが新日本に流れていってた。

今にして思えば、オレは、ノアが好きなんじゃなくて、三沢が好きだったんだ。(もちろん小橋も大好きだけれども。)全日の頃には、馬場がいて、ジャンボ鶴田がいて、天龍が居て、四天王がいて、ベイダーやマウナケア、ジョニーエース、ゲリオブがいて・・・キラ星のようにスター選手が居た。けれども、ノアに至ってかつてのようなスター選手は・・・と言えば、いないと思う。もちろん、田上も小橋もいるけれども・・・何と言うか、そう言う感じじゃなくて・・・

うまく言えないけれども、オレのノア離れの原因は、キッと切なくなった事だと思う。三国志で言う所の、劉備が死んで、五虎大将軍も全員死んで、キラ星の如くいた武将が次々と死んでいって、最後に残った孔明が「蜀にいた名だたる武将はもう居なくなってしまった・・・」と嘆きながら、1人身を粉にして戦い、そして静かに死んでいく。あのシーンを読む時に感じる切なさに近いものだと思う。(分かりにくいかも知れんけれども・・・)

かつて全日時代にいたスター選手が皆ちりじりになり、小橋は長年の無理祟って満身創痍、田上火山はズッと休山、そんな中で、確実に衰えていく体をごまかして、1人身を粉にして戦っていた三沢を見るのが辛かった。メインを引退して、馬場のようにお客さんを楽しませるプロレスをして欲しかった。でも、そんなノアの現状から、オレみたいに、新日本に流れたり、もしくは別の団体に走ったヤツも結構居たんだろう。そんなヤツらの存在だって、三沢に無茶をさせ続けた要因のひとつだ。

居なくなってしまって強く思うのは、ただただ後悔と自責の念だけ。

大好きだと公言しながら、オレは三沢光晴と言う人間を、実は見た事が一度も無かった。

三沢死亡の方を受けたその夜。ビールを飲みながら、オレが一番興奮していたノアドーム大会の映像を見ながら、一頻り泣いた。掛布の解説に苛立ちながら。

ご冥福をお祈りいたします。

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つぶやきの一言

志茂田 聾二

Author:志茂田 聾二
偶然と必然に彩られたまま
気がつけば
こんな瞬間を過ごしておりました

長い一日が過ぎ
短い一年を過ごし

新しい命とともに
ただ
目の前にある情景を
少しずつ刻み込む毎日に
もうそれで
何も足りないものなど
ありはしなくなりました

カピ次郎君とカピニュウム3世
黒うにん
ドン・キホーテ
集まったはぐれ”うにん”
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